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高台

787.gif「裏返して何を見ているのですか?」

みなさん、これが不思議らしく、良く質問されます。

高台と言って、裏側の足の部分と申し上げれば宜しいかと思いますが、左の図の部分で、だいたいの時代がわかります。

*初期伊万里1600年代


店先では、まずは江戸の初期に作られた(1600年代)初期伊万里と、幕末のものを御覧頂いた方も多いかと思われます。

呉須(ごす)の濃淡と、肌の青みがかった物を見比べて頂くと、大抵の方は「なるほど」と御納得されます。*江戸初期の方が控えめな色合いと称しておきます。

さらに、絵付の構図について、割と余白の多いもの(当店では余白の美学と呼んでおります)は、初期伊万里〜古伊万里に多く見受けられます。

言葉で御説明するのは、なんとも困難なのですが、上の画像の皿のように、空間をたっぷりと取るような構図は、茶道に伝わる侘び寂びの文化が根強く残る時代のものと言う御説明で御納得頂けるかと思います。

さて、高台についてですが、江戸初期のものは高台が小さめな作りとなります。
店頭で御説明させて頂く事もございますが「どれが小さいのかわからない」と仰る方も多いので、この説明は省く事も多々ございますが、こちらを御覧頂けましたら多少、御理解頂けるかと思います。

786.JPG←こちらの皿は、初期伊万里の高台です。

このように高台が小さいものが、初期伊万里の特徴です。

又、少しだけ内側に入り込んだような作りになっております。これを上げ底と表現する方も多いです。

肌の質感も、まだまだ不純物が取り除かれていない段階のものですので、柔らかい釉薬の、この感じ…伝わりますか?



784.JPG
そして、極端ですが、右の画像が江戸の終わりの高台となります。

このように大きめの作りとなるのですが、この間のものも様々な高台がございます。

しかしながら『例外品』があるので、事細かく断言するような御説明出来ない部分もあります。



781.JPG←こちらは、幕末の伊万里染付の蕎麦猪口の高台です。

これが、皆様も一度は耳にされた事のある『蛇の目』高台です。

このような蛇の目高台は江戸の終わりと覚えて下さい。

初期伊万里の蕎麦猪口は、現在、店頭にはないので、変わりに初期伊万里の徳利の高台を御紹介しておきます。


782.JPGこちらが、初期伊万里の高台です。

「う〜ん」と唸る方もいらっしゃれば、

「なるほど」と合点のいく方もおられるかと思います。


いつも思いますが、言葉での表現とは実に難しいですよね。

言葉の概念が同じであれば良いのですが、時に「地味なのが初期伊万里ね」と仰るかたもいれば「渋いのが初期伊万里」とか「ぼやけた感じが初期伊万里」と表現する方もおられるので、当店では現物を御覧頂きながら、御自身の眼力を鍛えて頂いております。

785.JPG←そして、こちら最後にしておきますね。

幕末の伊万里染付鉢の高台です。

江戸時代も中場から後期になりますと、輸出が盛んになりますので、このような洒落た作りのものも作られるようになります。

呉須の色もベロ藍と呼ばれる方も多いように、初期に比べてハッキリとした色彩となります。


789.JPG←神々しく撮れたので、おまけでのせておきます。

「重ね焼きの跡とかも教えて」と言われそうなので、おまけです。


みなさんが、不思議に思う事で、もう一つ御紹介。

「この点々は、なんですか?」

と、皿を裏返し、高台の内側を指しておっしゃいます。

788.JPG

こちらの点々は、傷ではございません。

『重ね焼きの跡』と呼ばれるもので、このように点々があるものは、窯で焼かれる時に何枚か重ねて焼かれていた跡でございます。

ですので、こちらは窯傷でもございません。


以上、簡単ですが、高台の見所編でございました。

詳細は店頭で御質問下さい。

790.JPG

さて、それでは、こちらの時代はいつ頃でしょうか?

答え↓

























1600年代初頭 初期伊万里