カテゴリー  
コラム(201)
お客様の声(106)

ホームページへ戻る
『ジャズと彼女』嵯峨由苑
私は今、これを秋田市のジャズ・バー『RONDO』で書いている。現在築123年の米蔵がジャズの流れる店になっている。
白茶けた漆喰に太い焦げ茶の張りが格子状に食い込み、いい時間の経過を見せている。
ジャズが海の中の魚のように店の中を跳ねて流れる。長い時が染み込んだ建物が、音楽を抱え込んでいる水槽みたいだ。
カウンターでジンソーダを飲みながら、この漆喰の壁に「古美術希」さんから東京の我が家にやってきた小面を想像の中で飾ってみた。
薄暗がりの電灯に浮かび上がる面の彼女の微笑が明滅する。
極限まで人の顔の曲線を平坦にならしながらも、ほんの少しの見る角度の差で百様の表情と感情を見せる美女の小面は、もう死ぬことのない命を確かに宿す生き物だ。彼女にはなぜかこの蔵に流れるジャズが似合う気がした。
そうしているうちに出てきた絶品の牛タンの味噌漬けは、野菜のボイルしたエキスと秋田のこうじ味噌に漬けこんだものだという。この柔らかい牛タンを、やはり希さんのところから我が家に来ている、伊万里の皿に載っている姿を想像してため息が出た。はあ、なんてカッコイイ皿なんだろう。皿の朱色と金の模様が、食べ物の纏う着物みたいだ。
食事も人の肌の一部。食器も食べ物の一部であり、人は食器の持つ実質的な「気」をもまた食べているのだ。 古美術品を持つことは、それを大事に守り続けてきた先人たちの思いや願いや力をも引き継ぐことだ。
こうしていると東京の部屋に残してきた、古美術品たちが恋しくなってきた。毎日香を焚いている香炉は細い糸のような煙をたててやらないと何だか寂しそうな表情を見せる。私は確かに今を彼らと共に生きているのだ。彼女らの持つ古い時の心地好い重みと共に……。目に見える上澄みの時間の底に流れる、過去の深層海流に足を浸して。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
さすが…嵯峨由苑さん。
文章を御職業にされていらっしゃるだけございます。
(敬礼!)←店主